9月から始まった「中学生のための『慰安婦』展」・秋の連続セミナーの第3回を10月9日に開催しました。講師に大森典子弁護士を迎えて「『慰安婦』裁判で勝ち取ったもの」のタイトルでお話いだきました。(1回目、2回目の報告はもうしばらくお待ち下さい・・・)

大森弁護士は、(1)裁判で勝ち取ったものとは、(2)主文としての判決について、(3)裁判の過程について、(4)大沼氏への批判について、というレジュメに沿って専門家の視点から、「慰安婦」をめぐる事実認定・付言、今後の運動の可能性と展望についてお話くだいました。

冒頭に、「慰安婦問題」が過去形で語られることを批判し、「現在形」で語るべきであると明言されました。また、裁判の過程で、慰安婦問題の事実の厚み重みを提示したこと、加害の全体像を明らかにしたことに触れ、判決のみならず「プロセス」も重視すべきだと指摘されました。
最後に、性暴力の被害者は母となったときに子どもを虐待してしまうケースが多いこと、子どもが「日本人の子」と言われて、通学が難しくなるケースなど、世代を超えた被害の現状を指摘して、慰安婦問題は現在形の問題であることを具体的に示されました。20名ほどの参加者からは、質問が相次いで充実したセミナーとなりました。
(SS)

大森弁護士は、(1)裁判で勝ち取ったものとは、(2)主文としての判決について、(3)裁判の過程について、(4)大沼氏への批判について、というレジュメに沿って専門家の視点から、「慰安婦」をめぐる事実認定・付言、今後の運動の可能性と展望についてお話くだいました。

冒頭に、「慰安婦問題」が過去形で語られることを批判し、「現在形」で語るべきであると明言されました。また、裁判の過程で、慰安婦問題の事実の厚み重みを提示したこと、加害の全体像を明らかにしたことに触れ、判決のみならず「プロセス」も重視すべきだと指摘されました。
最後に、性暴力の被害者は母となったときに子どもを虐待してしまうケースが多いこと、子どもが「日本人の子」と言われて、通学が難しくなるケースなど、世代を超えた被害の現状を指摘して、慰安婦問題は現在形の問題であることを具体的に示されました。20名ほどの参加者からは、質問が相次いで充実したセミナーとなりました。
(SS)
wam第5回特別展「中学生のための『慰安婦』」展が6月2日から始まりました!
展示準備が間に合うのか心配でしたが、何とか無事に初日を迎えられました。
(いつもの事ながら、「何とかなる」のが不思議・・・。)
今回の展示はこれまでとは一味違います。
「中学生のための」というのは、「中学生限定」という意味ではなくて(「中学生だけなんですか?」とご質問いただきました(#^.^#)、「慰安婦」問題をよく知らない方や初学者の方に、基本的かつ正確な情報をお伝えしよう、という趣旨でテーマを設定しています。
Q&A形式で「慰安婦」問題の概要を伝えるパネルや、

さまざまな軍票や元兵士のアルバムなどの現物資料、

被害各国の女性たちの証言、

被害各国政府と日本政府がこの問題にどう対応しているか、

中学の歴史教科書から消えた「慰安婦」関連記述、など

分かりやすい展示を目指しました。
そして開催初日にオープニン記念シンポジウム「私にとっての『慰安婦』問題」をwamの隣の日本キリスト教会館で行いました。
パネリストも今までには無い顔ぶれです。
埼玉県の公立中学校で教員をしていた高橋美智子さん、中国海南島「慰安婦」裁判支援を行っているハイナンNETのメンバーの高橋堅太郎さん、旧日本軍性奴隷問題の解決を求める全国同時企画・協と実行委員会の村上麻衣さん、「慰安婦」問題をゼミで取り上げ、ナヌムの家への訪問や各所での講演活動を行う神戸女学院大学・石川康宏ゼミの小谷直子さんら、若い世代で「慰安婦」問題に取り組む人たちが、それぞれにとっての「慰安婦」問題を語りました。
若い世代が語る「慰安婦」問題というテーマが新鮮だったのか、100人を越える方が参加して下さいました。小谷直子さんの応援団、神戸女学院大学の石川ゼミの学生さん10数名も参加。シンポジウム前にはwamも見学されました。

高橋美智子さんは、公立中学で実際に生徒たちに「慰安婦」問題を教える際に使っていた紙芝居「スボクさんの決心」を実演。証言を元につくられた紙芝居から被害の実態が生々しく伝わります。高橋さんの話から「中学生に『慰安婦』問題を教えるのは早すぎる」という批判は的外れであることがわかります。
韓国にある「ナヌムの家」のワークショップ「ピースロード」をきかっけに、若い世代が立ち上げた全国同時証言集会。京都の実行委員のメンバーの一人、村上麻衣さんは被害女性たちとの出会いや、女性たちの証言の持つ力と証言してもらうことへのジレンマを語り、「私たちは証言を聞くことのできる最後の世代。何ができるのかを考えなければ」と話されました。
ハイナンNETの高橋堅太郎さんは裁判支援を通して見えてきた問題や、男性として「慰安婦」問題に関わることの意味を説明。「共感の質は違うが、この問題を知れば知るほど解決の必要性を感じる」と話し、今後の連帯の必要性を訴えました。
神戸女学院大学の小谷さんは、初めて「慰安婦」問題を知ったときの衝撃を率直に語り、「この問題を知ることが出来て本当によかった」「もっと学びたい」と取り組みに意欲を見せました。訪問したナヌムの家でハルモニが言った言葉、「同じことが他の子に起きてほしくない」を紹介。問題に関わるきっかけを「どうしても許せなかった」と語りました。
会場からも発言があり、日本人「慰安婦」のすず子さんが亡くなるまで暮らしていた、「かにた婦人の村」のシスター、天羽さんと桜庭さん、山西省・明らかにする会の脇さん、神戸女学院大学の石川さんらが発言されました。
若い世代が悩みながらも真剣に「慰安婦」問題の解決のために取り組んでいる姿勢が伝わって来て、とても心強く思いました。それと同時にこの問題を広く知ってもらうための取り組みが必要であると感じました。
このシンポジウムで出来たネットワークを大切に、今後につなげていきたいです。
(S)
展示準備が間に合うのか心配でしたが、何とか無事に初日を迎えられました。
(いつもの事ながら、「何とかなる」のが不思議・・・。)
今回の展示はこれまでとは一味違います。
「中学生のための」というのは、「中学生限定」という意味ではなくて(「中学生だけなんですか?」とご質問いただきました(#^.^#)、「慰安婦」問題をよく知らない方や初学者の方に、基本的かつ正確な情報をお伝えしよう、という趣旨でテーマを設定しています。
Q&A形式で「慰安婦」問題の概要を伝えるパネルや、

さまざまな軍票や元兵士のアルバムなどの現物資料、

被害各国の女性たちの証言、

被害各国政府と日本政府がこの問題にどう対応しているか、

中学の歴史教科書から消えた「慰安婦」関連記述、など

分かりやすい展示を目指しました。
そして開催初日にオープニン記念シンポジウム「私にとっての『慰安婦』問題」をwamの隣の日本キリスト教会館で行いました。
パネリストも今までには無い顔ぶれです。
埼玉県の公立中学校で教員をしていた高橋美智子さん、中国海南島「慰安婦」裁判支援を行っているハイナンNETのメンバーの高橋堅太郎さん、旧日本軍性奴隷問題の解決を求める全国同時企画・協と実行委員会の村上麻衣さん、「慰安婦」問題をゼミで取り上げ、ナヌムの家への訪問や各所での講演活動を行う神戸女学院大学・石川康宏ゼミの小谷直子さんら、若い世代で「慰安婦」問題に取り組む人たちが、それぞれにとっての「慰安婦」問題を語りました。
若い世代が語る「慰安婦」問題というテーマが新鮮だったのか、100人を越える方が参加して下さいました。小谷直子さんの応援団、神戸女学院大学の石川ゼミの学生さん10数名も参加。シンポジウム前にはwamも見学されました。

高橋美智子さんは、公立中学で実際に生徒たちに「慰安婦」問題を教える際に使っていた紙芝居「スボクさんの決心」を実演。証言を元につくられた紙芝居から被害の実態が生々しく伝わります。高橋さんの話から「中学生に『慰安婦』問題を教えるのは早すぎる」という批判は的外れであることがわかります。
韓国にある「ナヌムの家」のワークショップ「ピースロード」をきかっけに、若い世代が立ち上げた全国同時証言集会。京都の実行委員のメンバーの一人、村上麻衣さんは被害女性たちとの出会いや、女性たちの証言の持つ力と証言してもらうことへのジレンマを語り、「私たちは証言を聞くことのできる最後の世代。何ができるのかを考えなければ」と話されました。
ハイナンNETの高橋堅太郎さんは裁判支援を通して見えてきた問題や、男性として「慰安婦」問題に関わることの意味を説明。「共感の質は違うが、この問題を知れば知るほど解決の必要性を感じる」と話し、今後の連帯の必要性を訴えました。
神戸女学院大学の小谷さんは、初めて「慰安婦」問題を知ったときの衝撃を率直に語り、「この問題を知ることが出来て本当によかった」「もっと学びたい」と取り組みに意欲を見せました。訪問したナヌムの家でハルモニが言った言葉、「同じことが他の子に起きてほしくない」を紹介。問題に関わるきっかけを「どうしても許せなかった」と語りました。
会場からも発言があり、日本人「慰安婦」のすず子さんが亡くなるまで暮らしていた、「かにた婦人の村」のシスター、天羽さんと桜庭さん、山西省・明らかにする会の脇さん、神戸女学院大学の石川さんらが発言されました。
若い世代が悩みながらも真剣に「慰安婦」問題の解決のために取り組んでいる姿勢が伝わって来て、とても心強く思いました。それと同時にこの問題を広く知ってもらうための取り組みが必要であると感じました。
このシンポジウムで出来たネットワークを大切に、今後につなげていきたいです。
(S)
昨年の12月16日から始まった第4回特別展「東ティモール・戦争を生きぬいた女たち〜日本軍とインドネシア支配の下で〜」の連続セミナーhttp://www.wam-peace.org/main/modules/news/article.php?storyid=39が2月23日から始まりました。wamでは展示内容をより深く理解していただこうと、特別展ごとに連続セミナーを開催しています。今回のセミナーはジャーナリストや研究者、NGOのスタッフなどの専門家をお招きし、映像とともにお話を伺う企画です。
第1回目はアジアプレス所属のビデオ・ジャーナリスト、綿井健陽さんを講師にお迎えしました。

綿井さんは、1999年に東ティモールに入り、長期間取材を行いました。当時東ティモールでは、インドネシアからの独立の是非を問う住民投票が行われることになっており、独立をめぐって残留派と独立派が対立し混乱のさなかにありました。現地で取材をするジャーナリストが殺害される事件もおき、綿井さんと一緒に取材をした同僚のインドネシア人ジャーナリスト、アグスさんがインドネシア残留を主張する武装組織に殺害されました。
セミナーのはじめに、綿井さんが東ティモールを最初に取材し制作したVTRを上映。東ティモールの独立をめぐる闘いを描いています。第2次世界大戦後、ポルトガルの支配下にあった東ティモールで、宗主国ポルトガルで起きた革命の影響を受け、フレテリンを中心に独立の機運が高まりますが、インドネシアはこれを阻止し併合宣言を行います。映像では独立派ゲリラの活動や訓練の様子も追っていました。

次に、殺害されたアグスさんが死の40分まで撮影した映像を元に、アグスさんの足跡を追った追悼番組を上映。この番組は世界中で放映されました。アグスさん撮影のテープは、武装勢力に襲撃された時に乗っていた車が海に転落し、その車の中から発見されました。
ともに取材を続けてきた綿井さんとアグスさん。ある時別行動を取ることにし握手をして二人は別れました。「もしあの時一緒に行動していたら・・・何かが変わっていたかも」綿井さんのことばからは、友人であり同僚を失った深い悲しみと重みが感じられました。
また、独立派ゲリラの女性のその後を追った映像も上映。10ヵ月後に再会したその女性は、同じ組織に所属する男性と結婚し、妊娠。「出産後も活動を続ける」とその女性は決意を語っていました。
映像とトークの後は活発な質疑応答が行われました。
東ティモール展の展示制作プロジェクトチームに加わり、多大なご協力をしてくださった、東京女子大学教授で東ティモール全国協議会http://www.asahi-net.or.jp/~AK4A-MTN/index.htmlのメンバーである、古沢希代子さんがセミナーに参加されていて、日本のマス・メディアがどのように東ティモールを報道してきたのかについて説明されました。

1999年当時、日本のメディアでは独立派と残留派があたかも対等に対立しているかのような報道がなされ、残留派に武器を提供するなど民兵を支援していたインドネシア国軍の存在が見えなくされていた、と古沢さん。東ティモールの歴史も簡略に説明していただき、参加者の理解の助けになりました。
いつもとは参加者の顔ぶれが違い、新鮮な印象のセミナーでした。
2回目以降もみなさま是非ご参加ください。
第1回目はアジアプレス所属のビデオ・ジャーナリスト、綿井健陽さんを講師にお迎えしました。

綿井さんは、1999年に東ティモールに入り、長期間取材を行いました。当時東ティモールでは、インドネシアからの独立の是非を問う住民投票が行われることになっており、独立をめぐって残留派と独立派が対立し混乱のさなかにありました。現地で取材をするジャーナリストが殺害される事件もおき、綿井さんと一緒に取材をした同僚のインドネシア人ジャーナリスト、アグスさんがインドネシア残留を主張する武装組織に殺害されました。
セミナーのはじめに、綿井さんが東ティモールを最初に取材し制作したVTRを上映。東ティモールの独立をめぐる闘いを描いています。第2次世界大戦後、ポルトガルの支配下にあった東ティモールで、宗主国ポルトガルで起きた革命の影響を受け、フレテリンを中心に独立の機運が高まりますが、インドネシアはこれを阻止し併合宣言を行います。映像では独立派ゲリラの活動や訓練の様子も追っていました。

次に、殺害されたアグスさんが死の40分まで撮影した映像を元に、アグスさんの足跡を追った追悼番組を上映。この番組は世界中で放映されました。アグスさん撮影のテープは、武装勢力に襲撃された時に乗っていた車が海に転落し、その車の中から発見されました。
ともに取材を続けてきた綿井さんとアグスさん。ある時別行動を取ることにし握手をして二人は別れました。「もしあの時一緒に行動していたら・・・何かが変わっていたかも」綿井さんのことばからは、友人であり同僚を失った深い悲しみと重みが感じられました。
また、独立派ゲリラの女性のその後を追った映像も上映。10ヵ月後に再会したその女性は、同じ組織に所属する男性と結婚し、妊娠。「出産後も活動を続ける」とその女性は決意を語っていました。
映像とトークの後は活発な質疑応答が行われました。
東ティモール展の展示制作プロジェクトチームに加わり、多大なご協力をしてくださった、東京女子大学教授で東ティモール全国協議会http://www.asahi-net.or.jp/~AK4A-MTN/index.htmlのメンバーである、古沢希代子さんがセミナーに参加されていて、日本のマス・メディアがどのように東ティモールを報道してきたのかについて説明されました。

1999年当時、日本のメディアでは独立派と残留派があたかも対等に対立しているかのような報道がなされ、残留派に武器を提供するなど民兵を支援していたインドネシア国軍の存在が見えなくされていた、と古沢さん。東ティモールの歴史も簡略に説明していただき、参加者の理解の助けになりました。
いつもとは参加者の顔ぶれが違い、新鮮な印象のセミナーでした。
2回目以降もみなさま是非ご参加ください。

